2023年2月21日、日本を代表する著名な企業の法務パーソンを講師に迎えた「すごい法務EXPO'23」が開催されました。およそ600人が参加したイベントとなった本イベントから、各講演を抜粋してレポートします。

本講演は、丸紅株式会社執行役員・法務部長 ニューヨーク州弁護士 有泉浩一氏を講師にお迎えし、グローバルにビジネスを展開する丸紅の法務部が、どのような体制で運営されているのか、GVA TECH株式会社 代表の山本 俊がファシリテーターとなり、お話をお伺いします。

丸紅法務部が必要とする法務パーソンの資質とは?
大人数でグローバルに活動する法務部が手掛けているDXとは?
これからの法務パーソンに求められる考え方とは?さまざまなヒントが満載です。

丸紅法務部が手掛けている「業務」

山本:
本日は丸紅の法務体制や対応領域の全体像についてや、法務DX推進の取り組みや最終的な法務部の未来像など、さまざまなお話を伺いたいと思います。

まず最初に、丸紅法務部の体制や対応領域についてお教えいただけますでしょうか?

有泉浩一氏(以下、有泉氏):
丸紅は、まず全体として5つの営業グループに16の営業本部があり、管理部門のコーポレートスタッフグループは各チーフオフィサー、CFO、CSO、CAOが管掌しています。法務部はCAOが管理しており、その管轄下に入っています。

法務部は東京本社で約50名が勤務しており、主に営業案件を担当する法務課が1課から4課まで4つ存在し、そのほかにコーポレートガバナンス関連を担当している総務課、戦略企画・人材DX関連といった業務を担当している企画・開発課に分かれています。また、米国や他の主要な海外拠点にも法務部を置き、駐在員を派遣しています。

グループ会社の法務部や、東京本社内の他の部署への出向や派遣も行っています。海外で採用している現地のナショナルスタッフも含めると、総勢85名位の組織規模です。グループ会社に法務組織がある場合、ジェネラルカウンセル(法務部門のトップ)とコミュニケーションを取り、グループ全体の法務リスクを管理しています。

山本:
すごい人数でさらに所管領域もグローバルとなると、もう日本の大手法律事務所並みの体制ですね。法務が対応している領域や業務について具体的に教えていただけますでしょうか。

有泉氏:
当社は総合商社ですので、グローバルにビジネスを展開しています。したがってカバーする領域は地域・産業セクターともに幅広い領域におよびます。そういった領域の広いビジネスを担当している法務課では、各担当の営業部署から上がってくる契約書のチェック、各種の法務相談、紛争案件、訴訟案件の対応・管理といったことが主業務です。

また、法務部だけではなく外部の法律事務所からもサポートをうけていますが、その法律事務所とのコミュニケーションはもちろん、その他、社内的には事業案件の社内決裁の審査・対応、債権の回収や担保の対応も含めて、幅広い法務分野を担当しています。

一方で、総務課では、会社のコーポレートガバナンスの体制の構築と運営、株主総会や取締役会の事務局業務など、会社の重要な機関に関する業務を担当しています。また、社内規程の整備や公用印の管理、各管理部門からの多種な相談にも対応しています。

当社では、法務と関連するコンプライアンスについて、2014年に専任の組織であるコンプライアンス統括部が設立され、私が初代の部長を務めました。この部署では、コンプライアンス・プログラム、独禁法、競争法、FCPAなどの案件に対応しています。

ただし、コンプライアンス関連の業務の中でも、当局への対応や訴訟に発展する可能性があるようなものについては、法務部も共同して対応することになっています。

山本:
非常に多岐にわたる業務をされていらっしゃいますね。

続いてお伺いしたいのですが、変化の大きい商社のビジネスにおいては、法務部がビジネスを常時サポートする形になっていらっしゃると考えられます。外部環境の変化にスピーディに対応するにあたって、法務部の位置づけや、日常的にサポートを行いながらどのように変化に対応していっているかについてお教えいただけますでしょうか?

有泉氏:
外部環境の変化については、まだまだ当社法務部も発展途上で、どんどん変化が継続して起こっているので常についていかないといけないという状況です。

ビジネスについては、総合商社は非常に幅が広く、当社には16もの異なる営業本部がありますので、多種な分野、業界のビジネスにできるだけ精通して対応できるようにしていくことが法務としても求められます。そのために、ビジネスを見る各法務課では、従来は地域別の対応を行っていたのですが、現在は各法務課を営業本部毎の担当ということにしています。営業戦略をよく理解してビジネス環境への変化に対応していかなければならないためです。

海外に関して追加で申し上げますと、各国に主要な現地法人が存在しています。法務部は本社と一体となって運用されており、現地の法令理解や営業部門の傘下にある事業会社との窓口を担当し、現地法人の法務スタッフは現地のニーズに合わせたキメの細かい対応を行っています。本社はレポートを受けてコントロールしています。

また、業務範囲については、グローバルにビジネスを展開しているため、法務部は既存の法令遵守だけでなく、あらゆるステークホルダーからの要求に対応する体制を作る必要があると考えています。たとえば当社の場合、グリーン事業戦略を推進しています。法務部としても、欧米を始めとするSDGs、ESGといったトレンドを常にキャッチアップしながら、さまざまな案件においてグリーン化を念頭に置いたリスク分析や契約書レビューを行うように努めています。

法務部が関わる領域は本当に日々広がっていると実感しており、たとえば経済安全保障などの分野についても、米中貿易摩擦が当社に与える影響を検討し、関連する取引の規制の観点からのスクリーニングなどを実施しています。こういった事項に対しては、情報収集だけではなく、年度ごとに重要な課題を整理して部内でタスクフォースのチームを作り、対応策の検討や社内向けの情報の展開などを行っています。

山本:
大きく外部環境が変わった場合、法務部の体制や業務範囲を見直すことは非常に重要です。法律や規制の変更に対応したり、新しいビジネス領域に進出するために必要な法的な支援を提供するために、現在の体制も状況によっては常に見直せるようになっているのでしょうか?

有泉氏:
かつては各法務課が地域ごとに分かれており、北米担当、アジア担当といった対応をしていました。しかし、検証や議論を重ねた結果、現在の営業本部を受け持つ本部割に落ち着きました。今後も体制は定期的に見直す必要があるかもしれませんが、営業戦略をよく理解した上で、的確な法務サポートやチェックが可能な体制として、現在のシステムがベストではないかと考えています。

法務パーソンも商社パーソンたるべし

山本:
ここまでで変化の激しいビジネスに適応するための体制についてお話いただきました。次に、法務部門のメンバーに求められる人物像についてお聞きしたいと思います。

スキル面やマインド面の双方から、貴社の法務部にはどのような人材が求められているのでしょうか?

有泉氏:
企業法務の世界では昨今、存在意義や役割が議論されています。私が考えるに、少なくとも丸紅法務部が目指すべき人材像という観点から言うと、我々は企業価値を上げていくために稼がなければならないわけです。その部分に関与するという意味での商社パーソンでなければならないと思います。

具体的には、取れるリスクはどんどん適正に取るべく営業部にアドバイスできる。そういう事ができるビジネス法務の人材であることが求められるだろうと思います。そういう商社パーソンであることが第一でしょう。

次に丸紅の法務パーソンとして求めるのはコミュニケーション力ですね。具体的には、現場に入っていく力、聞く力、それから間をつなぐ力、チームワークを生み出せること。商社パーソンであるということは、受身の姿勢ではなく法務でも積極的に営業部と協働して、時には営業部をリードしていく力が必要です。したがって、弁護士資格についてはあった方が望ましいと思いますが、特に重視していません。できる人材、できる商社パーソンであれば、資格は問いません。

山本:
まさに商社パーソンといった印象ですね。ビジネスパーソンが法務を使っているという形で理解しました。

次に、その行動のベースになるような丸紅法務としての行動規範、考え方についてお伺いできますでしょうか?

有泉氏:
行動規範というキーワードはいまや企業法務の中でも広く使われている用語になりました。私が法務部長になったのは2015年ですが、部長になったあとの2018年に、元GEのジェネラルカウンセルのベン・W・ハイネマン Jr.が書いた「企業法務革命」という本が出版されました。そのなかで感銘を受けたのが、「パートナー&ガーディアン」というキーワードです。この言葉を法務部のビジョンとして掲げるようにしました。

伝統的な日本の企業の法務はどうしても受け身なイメージが色濃くあり、相談があれば契約書あるいは事業案件をチェックしてリスクを回避・低減させていく、また、規程を整備して法令違反等が起きないようにする、といった役割に重きが置かれがちだったと思います。

もちろんそれらのようなガーディアン(牽制的な立場)としての機能は大切な役割ですが、経営に対して法的なリスクを正確に提示して、その結果意思決定者が適切に判断できるようにすることも重要な役割です。ガーディアンとしての役割だけではなく、営業活動に必要な検討事項を営業部とともに考えて案件をともに構築していくパートナーとしての役割。この両軸が機能することが非常に重要だと思っています。

先ほど、取れるリスクは適正に取るといいましたが、もちろん違法なことや企業価値を毀損するようなリスクは絶対に回避しなければなりません。その上で、たとえば一見難しそうな相談内容でも、解釈や案件のスキーム組み立て等によって取れるリスクになるかもしれない、そういった可能性を検討することが大事だと思います。

そして、現場の近くで働くことも重要です。「法務としては○○ですが~」と、彼我の領域を線引きすることは丸紅法務部としては許されません。法務部の人間も商社パーソンですから、法務のバックグラウンドは持ちながらも幅広く企業価値向上に貢献していくような目線で常に考えてもらいたいと思っています。

山本:
パートナー&ガーディアンという言葉を私が初めて知ったのは2019年に経産省で議論されていたときでした。私も報告書は何度か読んでいて、基本的には賛同しているのですが、あの報告書の内容だと具体的な実行に落とし込むのが難しいと思っています。

パートナー&ガーディアンのビジョンに掲げたときと比べて、現在貴社ではビジョンの浸透がかなり進んでいるのではないかと思います。ビジョンの浸透で気をつけたこと、実行してうまくいったことをぜひ教えてください。

有泉氏:
はい、パートナー&ガーディアンという考え方を浸透させるため、部員を一堂に集めてタウンホールミーティングを開催し、本に書かれた内容を私の解釈で示してメンバーに共有しました。同種のタウンホールミーティングを何度も開催したり、期初のメッセージで繰り返し法務の機能とはなにか、企業価値向上のためにはパートナー&ガーディアンという考えが大事だと伝えました。

日常業務のなかでは、毎週のように重要案件が稟議という形で上がってきます。その稟議を見るときでもパートナー的な視点、ガーディアン的視点の両面を常に意識してもらうように、担当者と課長に繰り返し刷り込んできました。これらがこれまでやってきた工夫です。

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丸紅法務部のマターマネジメントシステムとは?

山本:
目指す人材像と行動規範の部分についてお聞かせいただきました。続いて、丸紅法務部としての人材採用と育成の面、この両面への取り組みや考え方についてお聞かせいただけますでしょうか。

有泉氏:
採用について、現状は法学部を卒業した新卒の採用、それから司法修習を終えた有資格者の採用、あるいは他社、法律事務所で経験を積んだキャリア採用の組み合わせで対応しています。

人材育成はOJTを重視しており、日頃はインストラクターが1名付いて、しっかりと見る体制を取っています。企画・開発課がリードすることによって、課全体あるいは部全体でできるだけシステマティックに若手が力量をつけられるように育てていく風土が醸成されているのではないかと思っています。長期的な研修計画も企画・開発課を中心に策定し、部内研修を実施しています。

また、特に若手の教育で当社が重視するのは、「若いうちから大きな仕事を任せる」ということです。全社的な風土としても若手に大きな仕事を任せることが丸紅の特徴です。法務として絶対に失敗をしてはいけないのですが、失敗を恐れずにできるだけ自分の頭で考えて、自分で動いて果敢に挑戦する若手のことを応援しています。

山本:
若手に大きな仕事を任せたものの、法務が大きなミスをすると会社へのダメージは大きなものになりかねません。そうならないように、若手に仕事を任せる際のバランス感はどのようなものでしょうか。

有泉氏:
おそらく個別の対応になってくるかと思いますが、原則としてはできるだけ若手に任せる方向で考えています。しかし、どの程度の経験や実力がある人にどの程度の重要案件を担当させるかは、個々の案件や担当者によって異なります。ある程度上司のサポートを受けながら担当する場合もあります。

最終的には部長である私もチェックしますが、適材適所にしっかり任せても良い案件がそれぞれのメンバーに渡っているかは随時確認しています。

山本:
ありがとうございます。話が変わりますが、経営陣や事業部とのコミュニケーションで特に重視している点があれば教えてください。

有泉氏:
経営陣と営業部のどちらに対してもいえるのですが、やはり「意思決定が適正になされることを担保すること」が大事かと思っています。そのためには外部の専門家の意見もいただきながら進めるのですが、専門家の意見や専門知識をそのまま回答するのではなく、法務部としてしっかり咀嚼して噛み砕いて、経営陣や営業部に分かりやすく伝えることが重要です。その結果、適正な意思決定がなされやすいようにする、ということが大切だと考えています。

繰り返しになるかもしれませんが、ガーディアンの機能というだけで「できません」という言葉を法務には安易に言ってほしくないと思っています。大事なことは「一見できないことをできるようにしていくこと」だと思いますので、代替案を提示して一緒に考えていくことが大切ですね。もちろん、できないことはできないと言うことがありますが。

営業部に対して「営業のリスクでやってもらって結構です」という言葉は禁句です。パートナー&ガーディアンの責任の放棄に繋がりますので、商社パーソンとして同じ船に乗っているという意識で、一緒に考えていくことが大事だと思います。

山本:
「営業が良いならやっても結構」という言葉がタブーになっている状態はとても素晴らしいことだと思います。一般的には、契約書の審査にしても最終的には営業部の責任になり、法務部では結果がどうなったかが分からない状態になっているケースもよく聞きます。

有泉氏:
「法務としてはここまでやりました、あとは営業部のリスクですよ」ということを言ったら、当社の経営陣は「法務部はそんなスタンスで仕事をしているのか」と腰を抜かすと思います。やはり法務というのは、リスクを取りに行く、取れるリスクを取るための業務をしていく、という姿勢が大事だと思いますので、その言葉は当然禁句になります。

山本:
ありがとうございます。

少し話を進めますが、貴社の法務部の人数や領域は多岐にわたっており、法務全体としてのナレッジを整理・共有することがとても重要になっているのではと推察します。法務のDXについての取り組みと合わせて、丸紅のナレッジマネジメントのあり方について教えていただけますでしょうか。

有泉氏:
2018年くらいには、丸紅法務部の10年後を見据えたときに、法務部としてリーダーシップを発揮して企業価値の向上に能動的に貢献していきたいと考えていました。そのためには、会社にとってのリーガルリスクマネジメントのプラットフォームとして機能しなければならないと考え、企画・開発課という専任組織を作ってDX化を推進し、ナレッジマネジメントを中心としたプラットフォームを構築して運用しています。

当社のナレッジマネジメントシステムはMMS(マターマネジメントシステム)と呼んでおり、法務の主要な業務である各種法務相談や稟議、その他の決裁対応、訴訟紛争対応、弁護士管理などの案件を中心に、MMSに登録して関連する情報をまとめて表示するようにしています。

以前は、どこかに眠っていた重要な情報は担当が手探りで引っ張り出す必要があったのですが、MMSによってある程度容易に探し出せるようになりました。また、弁護士費用の請求書のe-Billing化や、AI契約書レビュー、AI翻訳、電子法律書籍サービスの活用、法令情報調査サービスの効率的な活用なども進めており、業務の効率化を図っています。

その結果、法務部の対応力は向上し、重要な判断業務に特化することができるようになってきていると思われます。

山本:
現状、日本のリーガルテックは契約書が中心となっており、貴社のMMSのような法務案件を単位としたテクノロジー領域はあまり進んでいません。それにもかかわらず、いち早くマターマネジメントシステムを構築しナレッジを管理していらっしゃったというのが非常に驚きです。これをスタートされたきっかけや背景について教えて下さい。

有泉氏:
以前にもナレッジシェアについての試みがなされたことはあるのですが、なかなかうまくいきませんでした。部内での雑談の場のようになってしまっていたんですね。

各課で重要な案件を担当して案件が終わると、それなりに外部の知恵も取り入れたノウハウが大なり小なり溜まっています。ところがそのノウハウは、あるものは紙の状態で倉庫にしまわれて出てこない、あるものはPCのフォルダにはあるようだけれどすぐには出てこない。溜まったノウハウを表に出すためだけでも時間がかかり非効率で、これでは戦力アップにはならないという課題がありました。

そこから初めて、重要なノウハウだけではなく、継続している訴訟の進捗状況や問題点、あまたの法務相談や稟議対応を進める際に蓄積されたノウハウなども、まとめてシステムの上で見られるようにしています。結果として現在は業務の効率化にかなり資する状態になっていると思います。

山本:
やはり、システムが導入されて運営される前と後では、業務の効率や質は変わりましたか?

有泉氏:
変わりました。

法務の未来像

山本:
最後のテーマです。素晴らしい人材、体制、取り組みをされていらっしゃる貴社の法務部の未来像を有泉氏がどう描かれているか、お聞かせ願えますでしょうか。

有泉氏:
2018年から法務DXを推進しはじめてすでに5年が経過しました。これまでの取り組みにより、法務としてのナレッジプラットフォームは進化し、営業部や経営陣からの信頼も高まっています。今後も法務部はDXを一層進めていきたいと考えています。そのためには、経営陣や営業部、国内外のステークホルダーとのコミュニケーションを深め、ナレッジやデータをより有効に活用して法務ニーズや課題を把握し、能動的に対応していきたいと思います。こうすることで、新しいビジネスを創造し、企業価値の創造をダイレクトに担う存在になりたいと考えています。

山本:
法務部の目指す未来像に向かうにあたって、このポイントは抑えるべき、という一点はどのようなものでしょうか。

有泉氏:
パートナー&ガーディアン論の延長になるかもしれませんが、「できないかもしれないことをできるようにすること」だと考えています。法務としての限界はここまでと考えてしまったらそれでおしまいですから、法務のバックグラウンドを生かして、これが限界だけれどもやり方を変えればこうできるかもしれない、という考え方を常に持って、案件を創出できるように考えていくことが必要です。

山本:
大変参考になりました。本日は貴重なお話を惜しげもなくいただき、まことにありがとうございました。

有泉氏:
ありがとうございました。