2023年2月21日、日本を代表する著名な企業の法務パーソンを講師に迎えた「すごい法務EXPO'23」が開催されました。およそ600人が参加したイベントとなった本イベントから、各講演を抜粋してレポートします。

すごい法務EXPO’23を締めくくる講演は、Zホールディングス株式会社 執行役員 法務統括部長 グループ・リスクマネジメント統括部長の妹尾 正仁氏を講師にお迎えし、GVA TEC株式会社 代表の山本 俊との対談形式で行われました。

森・濱田松本法律事務所で弁護士としてのキャリアをスタートし、その後、ヤフー株式会社に転職。法務以外の業務を幅広く担当した後、現在は執行役員としてZホールディングス株式会社の法務部門を統括している妹尾氏に、ダイナミックな組織の変化に貢献する法務の取り組みについて話を伺いました。

弁護士から経営企画へ転身の舞台裏

山本:
妹尾先生にお伺いしたいテーマは「ダイナミックな組織の変化に貢献する法務の取り組みについて」です。まずは簡単に自己紹介をお願いします。

妹尾正仁氏(以下、妹尾氏):
私は2009年に弁護士になり、その後3年間は森・濱田松本法律事務所で弁護士として働いていました。2012年にはヤフー株式会社に転職し、以降は同社で仕事をしていました。2019年にZホールディングス株式会社が設立されたあとはZホールディングス株式会社を中心に勤務しています。2012年から2019年までの間、ヤフー株式会社では法務以外の部署に所属して業務を担当していました。

山本:
森・濱田松本法律事務所、ヤフー株式会社、Zホールディングス株式会社と、さまざまな組織で業務をご経験されてきたなかで、それぞれの組織の違いをご実感されてきたかと思います。まず、森・濱田松本法律事務所での業務の特徴についてお聞かせいただけますか。

妹尾氏:
森・濱田松本法律事務所での3年間では主に国内業務に携わり、1年目は知財、2年目は一般企業法務と訴訟、3年目にはM&Aに取り組みました。あっという間の3年間でしたが、幅広い領域で、多くの先生方と協力して業務を行いました。2年目と3年目には、若手採用に関与する機会も与えられ、主にいまの65期前後の先生方と接点を持つことができました。

山本:
そのあとにヤフーに行かれたと思うのですが、どのような経緯だったのでしょうか?

妹尾氏:
森・濱田松本法律事務所は非常に良い事務所で、当時充実した日々を送っていたのですが、たまたま2012年にヤフーの経営陣が一気に変わりました。そのときに現在Zホールディングス会長の川邊健太郎がヤフーの副社長COOとしてCOO室のメンバーを探しているということでお話をいただき、「経営を見てみたい、企業に入ってみたい」という思いから、転職を決めました。

ですので、弁護士としてのキャリアアップのために転職したとか、インハウスローヤーとして働くために転職した、というよりは「たまたまご縁があって転職した」という経緯でした。

山本:
ありがとうございます。ヤフー株式会社ではCOO室からキャリアを始められたと伺いましたが、経営企画のような業務をされていたと思います。具体的にはどのような業務を行っていたのですか?

妹尾氏:
私の場合は、カバン持ちに近い働き方でした。社長室や副社長室の前のスペースで、他のCOO室のメンバーと業務をしながら、CEOやCOOを訪ねてくる他部門のメンバーと連携を取ったり、CEOやCOOからの勅命案件に対応したりと、経営に関わるあらゆる物事に取り組んでいました。

当時のCOO室のメンバーは数人でしたが、ヤフーの主力事業である広告業界から来たメンバーをはじめ、さまざまな人間がいたので、自分自身はコーポレート領域を基本的には担当しつつも、イベント企画などを含むあらゆることを幅広く経験させてもらいました。

山本:
法律事務所でのご経験から、アライアンスなどを担当されたりすることが多かったのでしょうか?

妹尾氏:
アライアンスについてはCOO室のあとにM&A等の専門部署に異動した時期もありましたが、COO室の頃はアライアンスに直接かかわるというよりは、社内のことが多かったですね。潤滑油的な役割でしたね。

山本:
なるほど。社内とのコミュニケーションや間に入って伝えたり、まとめたりといった業務が多かったのでしょうか?

妹尾氏:
はい、そういったことを多く手掛けました。

山本:
そういった業務は法律事務所時代とはまったく違うと思いますが、弁護士時代のこういう経験がこういう業務に役に立った、といったことはありましたか?

妹尾氏:
振り返ってみると、当時の自分は、法務の経験を役立てる方法を間違えていたと思います。法律の知識があるからといって、それだけで何かが出来るわけではありません。むしろメンバーとの信頼関係が大切で、まず相手から信頼される人物であることが大事で、その人間が法律の知識を持っている、という順番が重要だったと今は考えています。

つまり、入社当初の私は「経営陣直下のCOO室で自分の法律の知識や経験を活かせる」と考えていましたが、すぐに、まず会社にはそもそも強力な法務部門がある事に気が付き、むしろ転職したての他部門の人間が法務の専門家のように振る舞うのは避けるべきだと気づきました。

そこから数ヶ月後、社内の方々と信頼関係を築いた上で、法律に関することを含めたさまざまな相談に対応し、部門間の業務を仲介する役割も担えるようになってきました。仲間のひとりとして認められて、はじめて法律知識を使う機会を得ることができた、それが最初の数年間でした。

山本:
なるほど、信頼関係を築くことが先だったわけですね。

妹尾先生は社会貢献事業も手掛けていらっしゃいますね。それは責任者という立場だったのですか?

妹尾氏:
2014年から約4年間、社会貢献事業の担当・責任者を務めていました。企業のCSRの範疇に入りますが、当時ヤフーの社会貢献事業にはヤフーネット募金やヤフーボランティア、公共料金の支払いサービスであるヤフー公金支払いなどがあり、私はそれらのサービスの責任者もしていました。

社会貢献事業の中で最も印象に残っているのは、2016年の熊本地震です。私自身も発災直後から熊本に入り、数週間にわたって支援活動に従事しました。この活動を通じてNPO(非営利団体)の方々とのつながりを持つこともでき、その後はインターネットとNPOの非営利団体との協力について取り組み、現在も続けています。

山本:
妹尾先生ご自身として、社会貢献事業への興味や熱量をもともと高くお持ちだったのでしょうか?

妹尾氏:
関心はありましたが、営利企業に勤める会社員としてのあり方と、個人の関心とは分けて考えることが必要だと思っていました。ですが幸運にも、会社の業務としてその役割を担えることができたという形でしたね。担当を外れたあとも、個人的にNPO団体の皆さんとの関係は続いています。

山本:
ありがとうございます。

続いて、政策企画の領域で手掛けていた業務、できれば法務として関連があるような業務があれば教えてください。

妹尾氏:
政策企画に従事していたのは1年間ほどでしたので、それほど多くの業務に関わったわけではありませんでしたが、ルールメイキングや渉外業務に携わることができました。

そもそも私は2012年のヤフー入社以降、法務部門以外の業務に多く携わっていました。そのため、政策渉外の部門に配属された際に、久しぶりに法律に関する業務に携わることになった状況でした。ヤフー入社してから初めて法律に触れた形になります。

在籍は短かったのでなにか具体的な成果を出せたというよりは、日々の業務に取り組んでいた感じですが、他部署との関わりは多い部門でしたので、経営企画時代に経験した部門間の連携が非常に役に立ちました。

日本最大級のメタバース型法務向けイベント「すごい法務EXPO' 23」開催レポート

さまざまな業務を手掛けた後、法務の責任者に

山本:
現在は法務部門の役割を担うようになられていますが、それは入社してからどれくらい経ってからですか?

妹尾氏:
2019年からです。現在は法務部門に移って4年が経ちました。

山本:
法務に行くことになったきっかけはあったのですか?

妹尾氏:
通常の人事異動で法務部長にという辞令を受けて異動しました。

山本:
異動当時、法務部門には何人くらいいたのですか?

妹尾氏:
弁護士が30人くらい、法務部員が6〜70人でしたね。

山本:
法務部門の責任者になると、組織マネジメントが業務の中心になると思います。業務や時間の使い方についてはどのようなものでしょうか。

妹尾氏:
2019年に法務部門に移ったのですが、その年はM&Aやガバナンス上の話などいろいろな案件があった状況でしたので、プレイヤーとして動く案件もかなりありました。ですので、実務もこなしながら同時にマネジメントもしていくという形でした。

山本:
法務の組織マネジメントにあたって当時から意識していることはありますか?

妹尾氏:
法務以外の部署でも、一緒に働いてくれているメンバーのみんなが気持ちよく働ける環境を作っていけるか、という点に注力していましたので、法務に入ってもそれは変わりません。ヤフーには実力のあるメンバーが揃っていますので、みなさんが活躍できるようにというところだけを意識して組織をマネジメントしていました。

法務の人材評価は「あえて右往左往」

山本:
法務部門のマネジメントや評価方法について悩んでいる方も多くいらっしゃいます。メンバーの評価はどのようにされていて、どういうところをよく見ているのですか?

妹尾氏:
評価については私たちも右往左往、行ったり来たりしています。でも、あえて右往左往しているところもあるんです。

法務の仕事は基本的に定性的な面が強い業務でもある一方で、時にはコストの観点で定量的に見なければならないこともあります。その部分も踏まえて、評価軸はかなり変えています。

法務の皆さんがどれくらいの案件を手掛けて、どれくらいのスピードで事業部門に返しているかを定量化してみようとか、期初にそれぞれが決めた目標を達成できたかどうかを期末に評価するというように、定性的な要素が強い方法を取ったりもしています。

そもそも、評価の方法は、こっちを試してあっちを試してと、行ったり来たりするものなんだろうと思っています。やはり定量的な評価方法は法務のメンバーからは評判が悪いわけですが、「ごめん。ここは一回、半年だけやってみよう」と説得してやってみつつ、次の評価期間はガラッと定性的なものに変えてみたりもします。

気をつけていることとしては、なかなか答えは無いのですが一度やってみようよと、できるだけオープンに話してやってもらうように意識しています。

山本:
法務人材の評価は、定性と定量の間のバランスが本当に難しいですよね。定性に寄りがちですが、定量を捨てると改善しづらくなりますし。

妹尾氏:
そうなんですよね。

法務の人材採用は「全体の総和が高まる」方を

山本:
妹尾先生は現在採用にも関わられているんですよね。

妹尾氏:
森・濱田松本法律事務所時代もやっていましたし、いまももちろんやっています。

山本:
採用において、どのような点を見ていらっしゃるのでしょうか?

妹尾氏:
法務人材の採用は、まずはプレイヤーの方々に一次対応してもらっています。現場に近い管理職の方にしっかり判断してもらうことが大事かと思います。法務の業務、日々の緻密さ、法的な素養のレベルについては現場に近い人間がしっかり見たほうがいいと思いますので。

その上で、最終面接や二次面接で必要に応じて私が関わることになります。その際には、一言でいうと人物像を重視しています。

企業の法務パーソンは、弁護士以上にコミュニケーションが重要だと思っています。いかに優秀であってもコミュニケーションが円滑に進まないようであれば困ってしまいますし、非法務の部署の方と話すことが多いので、コミュニケーションが丁寧である、ソフトである、説明にも根気強さがある、といった素養は重視しています。

組織のなかで厳しい判断や細かな調整をしなければならない法務の業務のなかで、それぞれの全体のバランスの総和が高くなるような方、その方が入ることによって全体のリズムや雰囲気が良くなるような方を、できるだけ採用したいと思っています。

巨大企業が一気に電子化を推進できた理由

山本:
テーマを変えてお伺いします。リモートワーク下での組織の取り組みとして、Zホールディングス社は様々な施策に取り組まれていると思いますが、それらの取り組みについてご紹介いただけますか。

妹尾氏:
ヤフーはもともとコロナ禍の前から、どこでもオフィス、いわゆるリモートワークを導入していました。Slack、Zoomも導入していたので、コロナになって一気に全面開放した形です。いまではさらに進んで、居住地も国内であれば飛行機代まで会社が出すようにし、どこでも住める制度になっています。

他方で、コロナ禍後に法務として入社・配属された方も増えてきています。コミュニケーションはZoomが中心になっているので、コロナ禍が収まってきたタイミングで実際に会う機会を増やしていくとか、リモートでの業務外でのコミュニケーションを取れるような場を作るようにしています。

みんなで集まって雑談をする機会を毎日または週一回の頻度で持つなど、リモートに特化した取り組みというよりも、リモートが当たり前になってきたなかで法務部門として自然に順応しだしているように見えます。

先日、実際に会社の若手と会う機会が久しぶりにあったのですが、入社して2年経った社員と初めて実際に会った、ということもありました。弊社ではそれくらいリモートワークが定着しています

山本:
リモートワークに振り切っていることのメリット・デメリットがあれば教えて下さい。

妹尾氏:
メリットは、非常に柔軟な働き方を提供できていることで、多種多様な方が多種多様な働き方をできる点が挙げられます。特定の働き方しかできない人しか入社できない、ということではなく、多様な方が集まっているわけですね。地域的にもライフスタイルにおいても多様な方が入ってくださっているのが圧倒的なメリットです。

デメリットは、これは既に世の中一般でも認識されていることですが、五感を使ったコミュニケーションがどうしてもリアルに比べると不足することですね。ただそれも、コロナ禍が始まって3年が経って、もう一つ先のステージに入りつつある気がします。先程の雑談の機会を作るのは一例で、テレワークが当たり前の状況でどういうパフォーマンスを出すか、創意工夫を重ねています。

最近では出社も増えてきていて、働き方の選択のなかに「今日は出社してみるか」というのが今後はもっと柔軟になってきます。必要な日は出社をし、コミュニケーションを取り、ディスカッションをする。そうではない日は慣れた環境で業務に取り組む、というスタイルで、リモートワークによるデメリットの部分はほとんどゼロに近づいてくるのではないかと思います。

山本:
もう一つ御社の特徴的な取り組みとして、ハンコの100%電子化の取り組みをされていますよね。そこに至るまでの間の苦労や、どう実行していったか教えて下さい。

妹尾氏:
当社の文化として、DXはやって当たり前というバックグラウンドがあるんですね。経営陣からも「法務、ちゃんとDX進めているよな」と言われる環境ですので、法務としては迅速にいち早く始めるだけでした。

現在、電子化は条件付きで100%実現できているのですが、残ってしまっている紙の契約書やハンコをいかになくしていけるかが課題です。行政手続の利便性向上や取引先のご理解をいただくことで、本当の意味での100%にすることに向けて頑張っています。

山本:
いろいろな企業の話を聞くと、電子契約をできる限り使うようにしていても、紙との併存が課題になっています。これは、紙でなければならないという企業からの要望が大きいのではないかと思うのですが、電子化に行き詰まっている企業へのアドバイスはありますか?

妹尾氏:
答えになっていないかもですが、電子署名の形に未来を感じている法務の方が諦めないことでしょうね。ある取引先から「うちは紙しかやっていないんです」と言われた場合、法務が取引を壊すわけにはいかないので、当然、紙で契約をするのですが、更新のときに「そろそろどうですか」と諦めずにアプローチしていく、といったことです。諦めたら既存のまま進んでしまうので、電子化(未来)を信じている人間はそこを諦めてはいけないと思っています。

法務から経営を目指す方へのアドバイス

山本:
法務から経営への道のりを目指している方が最近増えています。会社によっては執行役員のポストに法務がない企業も多いと思うのですが、法務のキャリアから経営陣に進む点について、妹尾先生のご意見やアドバイスをいただけますか。

妹尾氏:
いろいろな企業の形があると思うので、これという回答は無いとは思いますが、あえて申し上げるなら、「法務以外の部門を経験し、恥をかく」というのが、法務部門のような優秀な方々が集まる部門においては大事かと思います。抽象的かもしれませんが、そういった経験を積み重ねていくことで、法務パーソンが経営に入っていく機会も増えていくのではないでしょうか。

一方で、逆に法務の人間として突き詰めてしっかり経営陣に認められる人間になる道もあって良いと思います。私の前に法務として執行役員を務めていた方は、法務パーソンとして経営陣から絶大な信頼を集めていました。法務という立場から経営との関係を考え、法務とは何かを突き詰める、というのも一つの道ではないかと思います。

突き詰める派の方にアドバイスがあるとするならば、私が経営企画の経験をさせていただいていた2012年から10年以上が経過しましたが、現在の経営陣や執行役員の多くが、その当時に事業責任者や中間管理職として自分と接点があった人たちなんです。

なので現在、法務としていろいろな部門の方に呼ばれると「妹尾さん久しぶり!」となるわけです。法務部長が来た、という緊張感ではなく、関係性がすでにあるからリラックスした会話でスタートできるんですよね。社内で広く関係性を作っておくことは、法務を突き詰めるという点でも実は重要なことだと思います。

先ほど申し上げたように、他の部門を経験するということでなくても、他の部門に自分は知り合いがいるのか、経理部門、人事部門、営業部門に知り合いはいるのか、エンジニア部門にもいるのか、といったことは常に意識してもいいのかなと思います。

巨大企業の合併だからこそ、一人ひとりに寄り添う

山本:
最後にこのテーマに触れたいと思います。つい先日発表された御社の合併についてですが、法務としてもいろいろなことをやらなければならないと思います。貴社ほどの大規模な合併は私も想像がつかないのですが、法務として合併のプロジェクトを進めていくにあたって意識している点をぜひ教えて下さい。

妹尾氏:
先日、Zホールディングスと中核会社の合併の方針を公表しました。まさにいまその真っただ中にあるのですが、規模が非常に大きな話で、難しいことはいくらでもあると思います。

それぞれ数千人の社員がいる会社の合併ということになりますので、どうしても大きな枠組みの部分に目が行きがちなのですが、会社が合併するということは、社員一人ひとりの生活が変わるということでもありますし、新しい人たちと働くことでもあり、それらがいっぺんに同時に起こるわけです。

採用であればチームにひとり加わるだけでも組織がプラスになるようにと意識していますが、それが数千人規模で起きますので、できるだけ一人ひとりの意図、意識を紡いでいけるようにやっていけたらと考えています。それが結果として、大きな合併を成功させるために必要なことだと自分は思っています。。

山本:
本日は貴重なお話をありがとうございました。

妹尾氏:
ありがとうございました。